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現代国際学特殊講義C 2016年度1期



国際ビジネスマン等が見た現代社会‐グローバル時代を生き抜くために‐

グローバルビジネスリーダーにとってリベラルアーツは必須です。
例えば、日本を代表する総合商社マンとして世界の最前線で活躍してきた方々にその豊富な体験を直接伝えていただくオムニバス形式の授業です。
1期は主に北米・中米・南米とアジア、2期は欧州・ロシア・中東・アジアです。
皆さんが本講座を通して今日の躍動する世界の全体像を捉えてくれることを期待しています。
成績評価基準:出席状況、質疑応答の熱心さ、毎回提出のレポート

「現代国際学特殊講義C-1」の受講者の募集について
講時
月曜3講時(13:20~14:50)
場所
名古屋外国語大学  K508教室
対象
現代国際学部3・4年生等(社会人含む)

「アメリカ・オセアニア編」講義プログラム

第1回 4月11日

履修ガイダンス:「総合商社とは何か」(小林洋哉 名古屋外国語大学)

第2回 4月18日

「アメリカのビジネスと異文化考察-北米5か所の勤務で見たダイナミックアメリカ-」

大西秀雄先生
パナソニック(株)(出身会社 以下同じ)

1945年生。大阪外国語大学(現大阪大学)英語学科卒業。松下電器産業(現パナソニック社)入社。オーディオビデオ商品の輸出販売ならびに現地での販売、さらにはアメリカでの子会社経営を行う。その間、ロスアンゼルス、ニュージャージ、トロント、シアトル、テキサスに駐在。松下退社後は、JETRO,JICAなどを中心に海外コンサルタントとして国際マーケティングの指導やセミナーの講師をしつつ、数大学でも教えている。

第3回 4月25日

「米国でのビジネス経験-米国の繊維市場開拓で学んだ事-」

今井哲史先生
(株)トーメン

1949年生れ。同志社大学商学部卒。(株)トーメン(現豊田通商)入社、繊維貿易本部に配属され、その後米国トーメンニューヨーク本社で4年、ロスアンゼルス支店で9年、織物販売部長を務め、帰国後イタリアトーメン社社長として12年間海外現地法人会社経営に携わる。

第4回 5月2日

「21世紀を生きる女性たちのキャリアデザインへの提案-アメリカとの比較-」

穐宗絵里先生
河合塾

1960年高知市生まれ。1983年慶應義塾大学文学部卒。駿台予備校勤務の後、研究員の夫とともに渡米。帰国後はカウンセラーとして河合塾に勤務し、受験生やその父母の相談に乗ること多数。一女の母。

第5回 5月9日

「カナダの目指す社会とは-多文化主義を標榜し、医療・教育・福祉を重視する基本理念の国-」

下島 泉先生
住友商事(株)

1948年生,慶應義塾大学法学部卒 住友商事(株)に入社し主にビジネスを行う上でのリスクマネジメントに関する業務に携わる。英国、カナダ、米国に駐在。カナダ駐在時には、カナダ住友商事本社(トロント)にて会社運営に従事。

第6回 5月16日

「自動車産業等の視点からみたタイという国-国際社会が、日本の社会が、学生たちに何を期待しているのか-」

長谷川康司先生
トヨタ自動車(株)

1940年生まれ。東京外国語大学外国語学部インドネシア語学科卒業後、トヨタ自動車販売(現在のトヨタ自動車)入社、主にアジア畑を歩み、アジア部長や常務取締役(アジア統括)等を歴任。専務取締役を経て、2012年にグループ会社のトヨフジ海運社長に就任。2005年10月、道路関係4公団が民営化され高速道路6社が発足することに伴い、民間を代表して首都高速道路の会長兼最高経営責任者に就任。2010年に退社。

第7回 5月23日

「ブラジルに於けるビジネス環境-ブラジル人との交渉を上手に進めるための秘訣とは?-」

儘田哲夫先生
三井物産

1947年生。東京外国語大学スペイン語科卒業、1971年三井物産入社。主に鉄鋼製品の輸出入及び三国間取引に従事。35年の物産生活のうち、20年間海外駐在。ヴェネズエラ/カラカス、ブラジル/サンパウロ及びリオデジャネイロ、米国/ニューヨークを経験。その後、関係会社に転籍し、社長・顧問を経て2012年6月退社。

第8回 5月30日

「フィリピン及び東南アジアの現場から-現場の視点に立って、日本の若者がこれからグローバルに活動するうえで何が求められているのか-」

大野拓司先生
朝日新聞社

1948年生まれ。1970年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、1975年国立フィリピン大学大学院アジア研究科修士課程修了、1977年同博士課程退学。1977年朝日新聞東京社入社、地方支局員(長野、松本、浦和)、社会部員、外報部員(アジア・オセアニア・アフリカ地域等担当)、アフリカ特派員(ナイロビ)、東南アジア特派員(マニラ)、オセアニア特派員(シドニー)、アエラ副編集長等を歴任。

第9回 6月6日

「ダイバーシティー・マネジメントとは」

松田千恵子先生
首都大学東京

東京外国語大学卒業後、仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士、筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)。(株)日本長期信用銀行にて国際審査・海外営業等を担当後、ムーディーズジャパン(株)格付けアナリストを経て、(株)コーポレイトディレクション等でパートナーを務める。2006年にマトリックス(株)を設立。企業経営と資本市場にかかわるアドバイザリー、研究及び教育に注力している。2011年より首都大学東京都市教養学部・大学院教授。

第10回 6月13日

「在日コスタリカ大使館での仕事-日本にある外国で働くとは-」

杉下由紀子先生
コスタリカ・ドミニカ大使館

1972年生。南山大学外国語学部卒。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士前期課程修了。在日コスタリカ大使館、ドミニカ共和国大使館に計3年間勤務。国際協力機構(JICA)日系社会青年ボランティアとして2年間アルゼンチンの日系団体連合会の組織改善に取り組む。帰国後は、大学非常勤講師としてスペイン語教育に従事。神奈川県を中心にスペイン語を母語とする人たちを支援するボランティア活動(医療通訳、横浜いのちの電話相談員)にも携わっている。

第11回 6月20日

「産学官連携とイノベーション-日本からイノベーションは生まれるか・日米比較-」

宮田隆司先生
(社)日本溶接協会

1945年生まれ。1972年東京大学工学研究科博士課程修了(工学博士)、同年名古屋大学工学部へ赴任、1990年教授、2008年名古屋大学名誉教授、2006~2012年名古屋大学理事(2008年~)・副総長として産学官連携、社会連携、国際交流を担当、この間1974~1976年ドイツへ研究留学、2004年より(社)日本溶接協会会長としてアジア地域の溶接技術関連学協会の組織化、技術者資格の国際化を進めている。

第12回 6月27日

「ニュージーランドの国家戦略-小国ニュージーランドと大国日本の比較-」

宮崎智世先生
ニュージーランド大使館

1982-85年ニュージーランド・オークランド大学留学(教育専攻)。ニュージーランド政府観光局インフォメーションオフィサー、ニュージーランド大使館上級広報官を経て、現職は大使付エクゼクティブオフィサー。大使直属となってから現在6人目の大使に仕える。

第13回 7月4日

「オーストラリアの国民性と当地でのビジネスへの取り組み-どの様に係わって来たか-」

水野喜一朗先生
住友商事(株)

1945年愛媛県宇和島市で生まれ、小学校卒業後松山の愛光学園で中学・高校6年間を過ごす(親元を離れた寮生活)。1969年東京外国語大学英米科を卒業して住友商事に入社し、50歳で早期退職するまで27年間住商に勤務。その中で1982年より1990年まで住友オーストラリア、シドニー事務所に勤務。1996年、50歳の時に世界No.2の資源会社 Rio Tinto に転職して13年間 Rio Tinto Japanでアルミニウム事業部長・役員として勤務。リオ ティント を定年退職後 コルカタに本社があるインドの会社の日本代表・顧問を3年半に亘って勤める。2012年初めよりは、サラリーマン生活からは独立して、自分の会社を作り豪州のResource/Mining Companyが有するニッケル・コバルト・スカンジウム(Rare Earthの一つ)鉱床の開発プロジェクに、コンサルタントとして係わって現在 に至る。

第14回 7月11日

「グローバル化するビジネスの中で、リーダーに求められるもの‐東京海上日動での経験を通じて学んだこと、伝えたいこと‐」

雨宮 寛先生
東京海上日動火災保険

1950年生まれ。一橋大学法学部卒業後、東京海上火災(現在の東京海上日動火災保険)に入社。グローバル顧客向けの保険営業、商品開発、人事、営業企画、経営企画、財務企画などの業務を経て2010年東京海上ホールディングス代表取締役副社長就任。CFOとして海外M&Aなどに携わった後2012年6月退任。

第15回 7月25日

「アルゼンチン a la carte アルゼンチンに住んで-日本人学校教師の経験を通して感じたこと-」

山田京子先生
千葉県立小中学校教諭

高校卒業後、大学をめざし、浪人生活を送ったが、英語が自分の進路を妨げていると考え、語学学校からアメリカのLAにあるSawyer School of Business (Hollywood分校)で一年間学ぶ。日本に帰国後は、幼児の知能教育に携わった。その後、教員資格取得を目指し、日本基督教短期大学英文科に入学する。(1979年卒業)教員免許取得後は、小学校・中学校で33年間教鞭をとる。1995年文部科学省中高英語教師の在外施設研修で6ヶ月間イギリスのオックスフォード(語学学校)とエクセター大学で研修を積む。1997年から3年間ブエノスアイレス日本人学校で勤務する。現在は「インドネシア、フィリピン、ベトナムからの外国人看護師、介護福祉士候補者の受け入れ事業」のもと介護施設で働くフィリピン、ベトナムからの介護福祉士候補者の国家試験に向けての勉強や日本語学習の講師をしている。