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第7回 「語りだす奈良 118の物語」



帝塚山大学文学部文化創造学科教授  西山厚先生

帝塚山大学文学部文化創造学科教授
西山 厚 先生

今回の講義で一番印象に残ったのは「風月同天」という言葉である。日本への渡航が困難であるにも関わらず、わざわざ日本まで来る理由を鑑真が栄叡と普照に語ったときの言葉である。この4文字に込められた意味にも感動したが、私は日本人である彼らに異国の人が日本の言葉について語ったことに感銘を受けた。日本の文化は中国の影響が強く、漢字もその1つである。鑑真は、異国に伝わった自国の文化を用いて語った時、どういう心境だったのか疑問である。また、鑑真が日本に来てからもしばらくの間は盲目ではなかったかもしれないということを知り、衝撃を受けた。盲目ではない可能性を示すものはいくつもあるのに、伝記1つに書かれた「盲目であった」ということが事実とされることにも、それが小学校で教わるものであることにも違和感を覚えた。なぜ盲目ではなかった可能性があるのに「盲目だった」と言い切って小学生に教え込むのだろうか。そしてなぜ苦労してまで鑑真は日本に来たのだろうか。興味深いことが多く残る講義だった。
英米語学科 石川れりあ

小学校から高校にかけて、日本史の授業で鑑真の名は何度か出てきた。鑑真は失明し、危険を乗り越えて日本にやって来たという話で有名だ。しかし、今回は「鑑真は目が見えていたのではないか」というこれまでとは全く違う見方でとても興味深く感じた。目が見えないことを記すのは「東征伝」だけであることや一切経の誤りを正していたこと、諸々の薬物を分類していたことなど多くの根拠を元にして、西山先生は話してくださった。定着している物事を覆すには、1つの物事を色々な角度から捉えて考えたり、自分の考えに対してしっかり根拠を持たなければならない。今日の鑑真の失明に関することで考えると、彼は失明しながらも日本に辿り着いたという学校で教わったことしか私は知らなかった。教わったことだけを覚えていくのは、自分で考える力がつかないと思うし、他の知識を身につけることは出来ないと思う。今回、先生のお話を聞いて、物事に対して自分なりの疑問や考えを持てるようになりたいと思った。
フランス語学科 岩渕まみ