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第3回 「世界最古の“うた”をもとめて ~縄文・弥生時代の琴と古墳時代の弾琴埴輪」



学術(音楽)博士  藍川由美先生

学術(音楽)博士
藍川 由美 先生

私は藍川由美先生の講義を受け、初めて自分の国の音楽を知った。自分では聴いたことのあるつもりでいた日本の音楽は、私の考えていたものよりもずっと奥が深いものだった。私がまず驚いたことは、日本の音楽は、ずらす音楽であったということだ。言葉でいわれても、私はいまひとつピンとこなかったが、実際に演奏を聴いて納得した。藍川先生を含めた3名の方が、琴の音と共に、空気を震わすような音を出していた。それぞれの音の高さは明らかに違い、ハーモニーを奏でているというよりは、やはりずれていたのである。けれど違和感があるどころか、とても落ち着くものだった。また私は、以前、日本の音楽は揃わないため終わりがわかりにくいという話をきいたことがある。しかし、だからこそ曲が終わってもその余韻を感じることができると気づくことができた。日本の音楽について、まだ説明できるわけではない。しかし私は今日知ることができた。それだけでも大きく変わったと思う。
寺田 瑠菜

私の名前は「琴の音」と書いて琴音です。幼い頃から気に入っていた名前ですが、今日の講義・演奏を聞き、更にこの名前が好きになりました。琴には古い歴史があります。今まで私がお琴だと思ってきた筝は、江戸時代に中国から伝わった“最近”のものです。楽譜が残る世界最古の国楽は、701年に大和政権により調弦された「壱越調律旋」の和琴。弦が6本に統一され、小国が分立していた時代からの「陰旋」と「陽旋」の伴奏を可能にしました。雅楽は約1万3000年前縄文時代に誕生していたのです。しかし、その後の朝廷による隠伏や明治時代以降の軍事指導を目的とした音楽の導入、また日本人のもつ曖昧さの文化が、日本人の雅楽に対する意識の低下を招きました。音楽とは本来、政治的歴史解釈やグローバル化の波に左右されるものではなく、音楽それ自体によってのみ語られるべきものです。外大生として他国の言語を学ぶには、まず自国を知り「自分のものさし」により比較することが必要不可欠です。私は明日、前々から興味のあったお琴教室のレッスンに行きます。雅楽の歴史に恥じない、この名前にふさわしい日本の女性になりたいです。
中川 琴音