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第3講 フランス語を日本語にしてみよう 翻訳論へのほんの一歩


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1.はじめに 

子供が言葉を学ぶとき、言葉の音と使い方を丸ごと受け入れていきます。このようにして習得される第一言語は人の脳に直接的に刻印され、後のすべての精神活動の土台となりますが、臨界期(大抵十代前期に設定されます)を過ぎてから習得する第二言語は、自然に接しているだけで身につけることができないという仮説が、経験的にも確かめられています。

母国語となる第一言語を身につけたあとで、外国語を習得していくときには、学習している言葉の意味を、第一言語に「翻訳」して理解することが普通です。その場合、母国語の存在が外国語の学習を妨げていると感じることもあるかもしれません。しかし、母国語として身につけた第一言語を忘れてしまうことはほとんど不可能です。むしろ成人学習者にとっては、母国語の知識を用いることで外国語の習得を補うことも有効な学習手段であると考えられます。特に語彙の習得や文の意味の理解に際し、翻訳というフロセスや、文法書や辞書の利用は、子供の言語習得時には利用できない有効な道具立てであると思われます。

フランス語を、日本語を母語とする人が学ぶ場合大きな困難があります。英語は義務教育でも教えられ、借用語として日本語に多く入り込んでいます。かつての中国語がそうであったように、現在、英語は日本語の上層語となっている感があります。また中国語であれば漢字から意味が推測でき、語彙の習得が比較的容易と思われます。フランス語の場合は、日本語と言語の類型が大きく異なる上に、語彙に対する推測が困難です。英語をしっかりやっていれば、英語の50%を構成するといわれるフランス語系の語彙が手がかりになるくらいです。さらに、語彙的な対応が一対一ではありません。従って日本語から発想して、丸暗記した単語を入れ替えればフランス語になるという訳ではありません。この第3講では「翻訳」という活動と日本人のフランス語学習との関係をいくつかの具体的な例とともに考えたいと思います。

1.英語とフランス語、偽の友達(faux amis)

英語を習った人が、フランス語を習い始めると、英語からの類推で意味をとらえてしまいますが、表面的には同じような単語でも意味がずれている場合があります。

そもそも英語とフランス語は大きくはインド・ヨーロッパ語族に属していますが、英語はゲルマン語系、フランス語はロマンス語系と系統を別にしています。フランス語は、同じく俗ラテン語起源のイタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語などとは、共通起源の語彙を持ちますが、ゲルマン語系とは分かれた時期がもっと古いため、ドイツ語や英語とは表面的に類似の著しい語彙を持ちません。

しかし、実際には英語にはフランス語の語彙が数多く入り込んでいます。これは、1066年のノルマン・コンクエストでイギリスがフランス語を話すヴァイキングに征服され、以降フランス語の語彙が英語に大量に流入したためで、その結果、英語はフランス語からたくさんの語彙を受け入れました。英語とフランス語を学習した人はすぐに気づく通り、フランス語と英語には似ている単語がたくさんありますが、意味は同じでない場合も多いので、注意が必要です。こういう例は、フランス語では偽の友人(faux amis)と言われています。英語とフランス語の例を見てみましょう。(*は誤った意味。)

     Achever : *achieve(達成する) / finish (up)(仕上げる)
     Avertissement : *advertisement(広告) / warning(警告)
     Demander : *demand(要求する) / ask(尋ねる)
     Eventuel : *eventual(結果としておこる) / possible(可能な)
     Librairie : *library(図書館) / book shop (書店)
     Partition : *partition(仕切り) / musical score(楽譜)
     Phrase : *phrase(句) / sentence (文)
     Résumer : *resume(再開する) / summarize(要約する)
     Sensible : *sensible(分別のある) / sensitive(敏感な)
     Veste: *vest(チョッキ) / jacket(ジャケット)

2.Françaisの意味、文脈との関係

次に、単語と文脈の関係を考えるために、誰しもが最初に習う、françaisという単語を取り上げましょう。これは固有名詞France「フランス」の形容詞形です。英語で言うとfrenchで、英語でも以下に考える曖昧性があります。

     (1) Paul est français. 「ポールはフランス人です」 (Paul is French.) 
     (2) Je parle français. 「私はフランス語を話します」 (I speak French.)

例文(1)で、françaisは「フランス人」という意味、例文(2)では「フランス語」という意味です。しかしながら、français自体には、どこを探しても日本語の「人」や「語」に当たる意味は含まれていません。もともと、françaisには「フランスの」という意味しかありません。françaisはCuisine françaiseでは「フランス料理」、Armée françaiseでは「フランス軍」(二つの言葉の元々の意味は「フランスの料理」「フランスの軍」です)と同様に、「フランスの」を意味するだけなのです。

例文(1)と(2)では、名詞の支えがなくても、文脈から(1)が国籍を表現している(2)が言語を表現しているということが分かるので「ポールはフランスのです」が「ポールはフランス人です」に、「私はフランスのを話します」が「私はフランス語を話します」と解釈できるという訳です。

それでは、professeur français はどういう意味でしょうか? 直訳すると、「フランスの先生」、英語で言えばFrench teacher、これは「フランス人の先生」なのか「フランス語の先生」なのか? しかしフランス語の場合この曖昧性はなくprofesseur françaisは「フランス人の先生」という意味です。この場合彼が教えているのはフランス語という訳でなく、数学や経済学でも構いません。肝心なのは先生の国籍がフランスということです。それでは「フランス語の先生」というときはどう表現するのでしょうか? 一般的には、professeur de françaisと言います。この場合、フランス語を教えている先生という意味で、先生の国籍はカナダでも、中国でも構いません。

3.パリジャンとパリジェンヌにはご用心

日本語からの類推で、文法的な知識を無視した解釈は時として大きな誤解を生みます。日本語の中にあるフランス語の借用語に、parisien「パリジャン」、parisienne「パリジェンヌ」がありますが、これは日本語では「パリっ子」、「パリの女性」と理解されています。しかし少しフランス語の文法をやった人ならば、これらはParisの形容詞で男性形と女性形だということを知っています。それでも時々Parisienneという単語が出て来ると自動的に「パリジェンヌの」と訳してしまう人を見かけます。Région parisienne, promenade parisienneはそれぞれ「パリ地域」、「パリの散歩」という意味で、女性名詞を修飾するので女性形になっているだけで「パリの女性の」という意味はどこにもありません。

4.翻訳不能な多義語?

日本語を対応させて覚えるのも効果的と言っても、本当に多義的で、日本語に対応する語彙がないため、覚えるのが大変な単語もあります。例えばtenirのような動詞はとても多義的です。

     (1) Il tient un parapluie. 「彼は傘を持つ」
     (2) Une épingle tient le papier. 「ピンがその紙をとめている」
     (3) Ce piano ne tient pas l'accord. 「このピアノは調律してもすぐ狂う」
     (4) Il tient sa maison en bon état. 「彼は自分の家に行き届いた手入れをしている」
     (5) Il tient un hôtel. 「彼はホテルを経営している」
     (6) Il tient ses promesses. 「彼は約束を守る」
     (7) Tiens-toi ! 「がんばれ!」
     (8) L'arbre a tenu malgré la tempête. 「嵐にも関わらず木は持ちこたえた」

たった一つの動詞、tenirを日本語にすると、いろいろな意味に対応します。また(1)〜(8)だけですべてを網羅している訳でもありません。このような場合一つ一つの日本語訳を覚えていくのは非常に困難です。このような表現を身につけるには、コアになる意味を一つ把握して、後は文脈に応じて日本語に置き換えるというのも一つの効果的なやり方ではあります。では、tenirのコアになる意味は何だと考えられるでしょうか。一つ提案できるのは、揺れ動く状態、不安定な状態を、安定的な状態に移行させる行為ということです。

例えば、(1)の「傘を持つ」であれば、「傘」が落ちそうな不安定な状態をしっかりと手で持つことで安定的な状況に移行させる行為ですし、(2)の「ピンが紙をとめる」であれば、紙が落ちるかもしれない不安定な状態をピンを刺すことで安定的な状態に移行させることと考えられます。(3)の「ピアノが調律してもすぐ狂う」の場合は、フランス語の原文は否定文で、文字通りは「このピアノは調律を保たない」です。調律の狂った不安定な状態をなんとか調律を施し、安定的な状態に維持しようするのが、調律を保つことです。(4)では、家が放っておくと痛んでしまう(不安定な状態)を手入れをすることで、安定させると考えられます。(5)のホテルの経営の場合、絶えずビジネス上の不安定さがあり、それをなんとか安定的なものに持っていくと考えることができます。(6)では約束というものが破られる可能性を常に持っていて、それを努力によって守るという安定的な状態に持っていくことと見なせます。(7)の「がんばれ!」では挫けそう(不安定)な相手を努力を持続する安定的な状態に推移させる目的で声をかけることです。(8)は嵐という、生えている木に不安定をもたらす力が加わっても、木が安定を維持し持ちこたえるという運動があります。

このように見ると、一つの日本語の意味に対応しないフランス語の単語であっても、コアになる意味の把握と、出現する文脈との総合的な解釈により、かなり正確な理解が可能になります。抽象度の高い動詞や前置詞等、文法的な語彙の場合、どれだけ意味を覚えていっても、完全にすべてを網羅することはできません。その場合、抽象的なコアを中心にとらえることで、新しく出て来る用法にも対応することができます。

5.むすびにかえて

さて、フランス語を日本語に「翻訳」する具体例をいくつか挙げましたが、外国語としてフランス語を学んでいる日本人であれば、このような活動は日々行っているはずです。意味というものは表面には現れませんから、頭の中で組み立てなければなりません。外国語を学習する際に意味の獲得には二段階あると思います。まず母語の訳に対応させながら、母語の文法に強く影響されて外国語の語彙を習得する段階。次に外国語をある期間習得し、ネイティブとの接触や、その外国語が話されている場所での生活等を経て、母語の介在なしに外国語が理解できるようになる段階です。第一の段階から第二の段階への以降は突如おこると考えられます。しかし、第一段階を飛ばしていきなり第二段階に到達することはできません。第二段階は第一段階での地味な勉強を前提とします。この両段階でフランス語を日本語にするという活動は有効だと思います。第一段階では非常に緩慢な、苦痛を伴うものでしょうが、第二段階ではかなり自由に行き来ができるようになるはずです。学習を続けていればこの違いはいずれ経験できるものと思います。

フランス語の単語に日本語の意味を貼付けて置き換えることは非常に誤解を招きやすいです。しかし諸刃の刃で、単語を覚える時に、フランス語の音のまま頭に残すことは、理想的なのですが、日本語話者に取っては時間がかかりすぎると思います。ある程度基本単語は、日本語訳と対で記憶すると、頭に残りやすいと思います。電話番号や円周率を文章にして覚えるように、既知のものに結びつけて覚えると、案外頭に残りやすいのです。上り終えたらはしごを外すように、覚えた後は、日本語訳を外してしまっても構いません。むしろそうすることが理想で、フランス語はフランス語のロジックで運営されていますから、一旦習得した後はフランス語らしいフランス語を話し、書くことが一番です。