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第0講 英語の発音から離れてフランス語へ


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1. フランス語と英語の発音

皆さんはどのような目的でフランス語を勉強していますか。またはしようと思っていますか。どんな目的であろうともフランス語を聞いたり、話したりしたいと思っている方が多いと思います。これまでみなさんは英語を学習してきているはずですが、英語の発音方法をそのままフランス語に当てはめるとちょっと問題となります。というのはフランス語と英語とは発音方法がまったく逆といってもいいからです。それはどういうことでしょうか? 発音の方法は専門的には「調音」といいますが、ある言語の特徴となる調音の習慣の全体は「調音基底」と呼ばれています。フランス語と英語ではこの調音基底が全く異なるのです。例えば、フランス語の調音は全体的に口の前方で発音する傾向を特色とします。呼気アクセントは弱く、アクセントのない音節もアクセントのある音節と変わらないほど明朗に発音されます。ゆるみ母音はありませんし、母音が緩む事でできる2重母音もありません。フランス語の特徴の一つである鼻母音の鼻音化が強く、鼻母音をはっきり口母音に対立させます。語の最後の音節にはアクセントがありますが、文中ではそれがなくなり、意味的文法的まとまりと言われているリズムグールプの最後にのみアクセントが置かれるようになります。一方、英語は調音を口の中で後退させる傾向を特色とします。呼気アクセントが強く、アクセントの無い音節の発音は弱く、中性母音となります。短母音は長母音に比較して緩い音として発音されます。鼻母音は存在しません。このように2つの言語は音声的にはまったく正反対である事が指摘されています。

2. フランス語の発音は難しい?

こうして考えるとフランス語は発音が難しいと思い始めてしまうのではないのでしょう。心配いりません。日本人にとっては英語よりもフランス語の方が発音しやすいはずなのです。なぜでしょうか。上述したように英語は一般的に強勢音節、無強勢音節の区別があるリズミカルな言語と言われるのに対し、日本語は平板で、1モーラをほぼ同じ長さで発音するモーラ言語です。フランス語も日本語の同様、強弱アクセントをもつ強勢言語ではなく、音節をほぼ同じ長さに発音する音節言語なのです。このような音声パターンの時間的情報は脳に言語情報として定着しており、それを変えることは非常に困難と考えられます。ですから日本人にとっては英語よりもフランス語の方が発音しやすいはずなのです。

3. 日本語とフランス語

ところが一つ一つの音の様子を見ると日本語とフランス語とでは大きく異なるところがあります。それは母音の数です。日本語ではご存知の通り「あ、い、う、え、お」の5つが母音ですが、フランス語は全部で16個あります。もちろんフランス人でもすべてを確実に発音し分けている訳でないのですが、それでも14個くらいは発音できなくてはなりません。大切なのは、まずフランス語の音をよく聞く事です。そして大きな声でハッキリと発音するように心がけてください。間違いを怖がらないで、自分の力を試してみましょう。それではBon courage! (がんばって!)  まずはフランス語と英語で形と意味が似ていても読み方の異なる例で練習してみましょう。

フランス語

nature ナチュール
table ターブル
public ピューブリック

英語

nature ネイチャー
table テイブル
public パブリック

4. 電子耳による音声教育

名古屋外国語大学フランス語学科では、平成12年度より、フランス語の音声教育の一環として、「電子耳装置」による聴覚トレーニングが行われています。電子耳装置は、1950年代はじめ、フランスの音声言語医学者アルフレッド・トマティスにより確立された「聴覚心理音声学理論」に基づいて開発されました。本装置を用いた聴覚トレーニングは、人の聴覚を理想的な聴覚状態に戻すことができ、もう一度新たな言語の獲得を可能にすると考えられています。日本では、平成8年より外国語の音声教育に電子耳を導入するための実験研究が試みられ、聴覚トレーニングが日本語話者の聴覚と発音の改善、ひいては外国語教育の効率化においてきわめて実効性が高いという結論に到達しています。

電子耳装置とは

電子耳装置はフィルタ機能を備えた2チャンネルからなり、チャンネル1(C1)は主に低周波数域を強調するフィルタとして、チャンネル2(C2)は高周波数域を強調するフィルタとして機能するように調節されます。両チャンネルは、CD等の音源あるいはマイクから直接入力される音の強度が、設定閾値以下の場合はC1から、設定閾値以上ならばC2から信号が流れるというように、自動的に切り替わります。音は気導経路と骨導経路(ヘッドフォンにはめ込まれた骨導子の振動により音を頭蓋に伝導させる)の両経路から学習者に伝達され、C1からのフィルタ音は耳を弛緩状態にしますが、C2からのフィルタ音は中耳の筋肉を緊張させ、これら2つの回路が切り替わることで中耳の調節が行われ、その結果、正確な聴取が促進されるとしています。また、 C2のフィルタを設定することにより、目標言語の音の聴取に聴覚を適応させるとともに、プレセッション、ルタールと呼ばれるパラメータを設定することによりフランス語らしいリズム、アクセントを習得させます。さらにプログラミングのできるフィルタが別に搭載されており、任意に周波数帯を濾過することが可能です。Tomatisの独創的な着想は、これらのフィルタを用いて、母親の胎内で胎児が聴いていると考えられる音を再現した高周波音を聴かせることで、脳を活性化させると同時に、耳の可聴範囲を拡げるとしていることでしょう。

授業展開

電子耳装置による聴覚トレーニングは、フランス語学科2年次生のフランス語「音声演習」の授業で行われ、音声習得の準備期間として位置づけられています。 90分間の授業のうち30分間が聴覚トレーニングに当てられ、その間視覚提示は全くありません。音素材は全て Tomatis Electronique 社製の教材が使用されます。以下は同授業で用いられる一般的なプログラムです。 第1回:Saint-Exupéryの Petit Princeの一部を録音した語学教材の聴取。フィルタはかけませんが、言語音の強度がある設定閾値以下の場合は低周波帯域、閾値以上になると高周波帯域が自動的に強化されます。
第2回 同教材を2000Hz でハイパスフィルタにかけます。
第3回 同教材を4000Hz でハイパスフィルタにかけます。
第4回 同教材をOE装置のプログラミング機能により、30分の中で順次低い周波数帯域からカットし、最終的には4000Hz以下の周波数帯をカットします。ただし、低周波・中周波帯域のすべてがカットされるわけではありません。
第5回 第4回とは逆に4000Hz以下の周波数帯をカットした音から順次、元の言語音に戻していきます。
第6回 発音練習用教材による簡単な文の反復練習。全てのパラメータ値をフランス語用に設定します。発音練習では学習者が発する音声がOE装置から学習者にフィードバックされ、自らの発音の誤りを認識します。
第7回 スィフラント音(高周波音)を含む単語が収録された語学教材による反復練習をします。
第8回 発音練習用教材による簡単な文の反復練習をします。
第9回 スィフラント音を含む単語が収録された語学教材による反復練習をします。
第10回 発音練習用教材による簡単な文の反復練習をします。

学習の成果

学習プログラムの全10回のうち、5回目までが「聴く」事に集中する期間で、音声を蓄える時期と考えられます。6回目以降は「発音する」事に集中する期間で、目標言語の音体系の神経回路を作る際に重要な役割を果たすとともに、新たな構音プログラムの構築に働きかけると推察されます。こうした聴覚トレーニングは発音矯正に効果的であり、トレーニングを受けた学生は、全く受けない学生と比較して、フランス語の音声の印象を作り出すリズム、メロディー、抑揚がはるかに正確になっています。総じて構音に滑らかさが認められ、自然な発話により近いため、聞き手による文の意味内容の理解が容易になります。こうしたプロソディと呼ばれる要素は教育が非常に困難なため、いわゆる「外国語なまり」の所以となりますが、電子耳により払拭される可能性は高いといえます。また、日本語話者にとって比較的難しいフランス語の摩擦音などの音素の発音が正確になることが、音声分析からわかってきました。さらに、フランス語の高周波音、モーツァルト・グレゴリオ聖歌・童謡などの音楽をプログラムに取り込むことにより、学習意欲の面においても著しい効果を上げています。同トレーニングは受講学生からも好評で、学習を継続したいとする学生が大半を占めています。 電子耳装置による聴覚トレーニングは、プロソディや音韻を正確に獲得させるなど、外国語教育において効率的な教授法として実質的に機能するだけでなく、学習者が学習に興味、意欲を持ちながら取り組むことを可能にする副次的効果をもたらす方法でもあり、「授業の活性化」という視点から、外国語教育の改善に向けた先端的な役割を果たしうると考えられます。今後はフランス語だけでなく、英語、中国語などの音声教育にも拡げていく予定です。

参考文献

  • Malmberg, B., La Phonétique, Presses Universitaires de France.[大橋保夫訳、『音声学』白水社,1992. ]
  • 大岩昌子「英語を活用したフランス語授業の試み(1)—第2外国語教育の効率化と活性化を目指して—」名古屋外国語大学『外国語学部紀要』17, 186-197, 1998.
  • 大岩昌子「日本人の英語学習に風穴を開けるトマティスメソッド語学トレーニング」『教育メディアガイド』2003年版日本教育工学振興会, 92-93,2003.
  • 滝沢隆幸、大岩昌子「聴覚神経音声学による外国語音声教育—英語の場合—」名古屋外国語大学『外国語学部紀要』19, 55-71, 1999.
  • 国立国語研究所『日本語とフランス語—音声と非言語行動』2001.